2008年02月27日

ファンクス

 お昼頃から、イラストの下絵などをする。こればっかりだなぁ。2枚ほど手をつけるが、どちらも煮詰めるまでにいかず、手が止まってしまった。キリキリやらんとなぁ。

 今日の毎日新聞朝刊に、プロレスラーが紹介されていた。ドリー・ファンクJrである。

 現在67歳の彼は、3月1日、両国国技館で、引退試合をするのだ。それで、取り上げられていた。朝日と読売は知らないが、毎日はごくたまに、プロレスの記事が載る。



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2008年02月16日

明日以降書きます。黄昏の巨人コンビで、和んで下さい。

 本日は疲れましたので、今日の分は、明日以降書きます。

 とりあえず、プロレスの試合でも・・・(←コレばっか)。

 全日本プロレス、1990年ジャイアントシリーズ、宮城県・塩釜市体育館。

 ジャイアント馬場&アンドレ・ザ・ジャイアント&マイティ井上vsアブドーラ・ザ・ブッチャー&ジャイアント・キマラU&リチャード・スリンガー戦。

 馬場とアンドレという黄昏の巨人コンビが、ただ悠然と動くだけで、もう芸になっている。そんな試合です。

 マイティ井上とアンドレが仲が良いというのは、昨年マイティ井上の雑誌インタビューで知りました。そうしてこの試合を観ると、アンドレは井上とタッグを組んで、安心してプロレスしている感じがうかがえます。

 馬場さん、マイティの張り切りようも、嬉しい。まったりと安らいで観られる、和み系の試合です。

ジャイアント馬場&アンドレ・ザ・ジャイアント&マイティ井上vsアブドーラ・ザ・ブッチャー&ジャイアント・キマラU&リチャード・スリンガー1
ジャイアント馬場&アンドレ・ザ・ジャイアント&マイティ井上vsアブドーラ・ザ・ブッチャー&ジャイアント・キマラU&リチャード・スリンガー2

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2008年02月15日

冬眠モード。オマケは「あすなろ戦士」

 気分が低調です。気力が湧かない。億劫。

 カラーイラストの下絵をトレース紙に写し取り、キャンソンボードにトレースダウン。ここで、もうなんというか、億劫になって、先に進まなかった。

 春が近いというのに、心がまったく弾まないというか、心は冬眠モードです。

※プロレスです。

 新日本プロレス、1986(昭和61)年5月1日、両国国技館。新日本vsUWFの5対5勝ち抜き戦の中から、山田恵一(新日・先鋒)vs高田伸彦(UWF・先鋒)。

 山田恵一は、この3年後に、マスクマン・獣神ライガーに変身します。今の獣神サンダーライガーですね。

 当時若手だった山田のニックネームは、「あすなろ戦士」でした。負けん気の強さと、小気味良いファイトは、この頃からそうでしたね。

 それが注目されたのか、山田恵一をモデルにしたマンガ、『スープレックス山田くん』(監修:古舘伊知郎/原作:篠沢純太/作画:国友やすゆき/徳間書店刊)という作品が描かれました。

Yamada-Kun.gif
↑コレです。

山田 恵一(ライガー) vs 高田伸彦

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2008年01月21日

似顔苦戦、古き良きアメリカンプロレス

 デイケア、今年一発目。いつものように、イラスト描き。似顔を描くが、イマイチ似てない。フ〜ム。

 帰宅後は、母と車で親戚の家へ、野菜や餅などを頂きに行ってくる。

 夕食後、似顔描きを再開してみるが、どうもイマイチのような・・・。また描き直しかな・・・。ヘタだなぁ、私は。

※プロレスです。
 
 全日本プロレスが1975年に行ったシングルリーグ戦=「オープン選手権」から、ドリー・ファンクJr vsホースト・ホフマン戦をご覧下さい。

 ドリーは、NWAエリアの大物で、全日本プロレスの常連選手。対するホフマンは、AWAエリアで活躍し、国際プロレスの常連でもありました。この対戦は、NWA vs AWAであり、全日本vs国際でもあったわけです。

 地味なレスリングながら、試合を成立させてしまう、両者の技量の高さはすごいです。跳んだりはねたりしなくても、プロレスはできるんですね。古き良き、アメリカンプロレスという感じです。

Dory Funk Jr Vs Horst Hoffman 1
Dory Funk Jr Vs Horst Hoffman 2

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2008年01月12日

明日書きます。よろしかったら、プロレスでも

 本日は疲れましたので、今日の詳しいことは明日以降書きます。外は、小雨交じりで、寒かったですねぇ。

P1060132S.gif
↑疲れたニャア・・・。

 よろしかったら、プロレスでもご覧下さい。

 1995年10月9日、新日本プロレスvsUWFインターナショナルの歴史的団体対抗戦。このプロレス史に残る団体対抗戦の、前哨戦となったタッグマッチです(1995年9月23日/横浜アリーナ)。

 新日側は、長州力&永田祐志。Uインター側は、安生洋二&中野龍雄。ケンカスレスレの試合となっております。

長州・永田 vs 安生・中野1
長州・永田 vs 安生・中野2

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2007年12月24日

サンタが帰る。オマケはJr版名勝負数え唄

 朝から軽い偏頭痛。バファリンを飲む。

 昼食を食べた当たりから、痛みが酷くなって、頓服のイミグランを飲んでベットに横になって過ごす。

 夜、義妹の迎えで、姪が帰っていった。今日はクリスマス・イブだが、彼女が帰って、今年の私のクリスマスが終わったような気がする。

 姪っ子が、私のサンタクロースだったのかな。

※プロレスです。

 1986年8月5日、新日本プロレス、両国国技館。IWGP Jr.ヘビー級選手権。王者・高田伸彦(現:延彦)vs挑戦者・越中詩郎。

 名前は忘れたがある新日レスラーが当時のUWF勢を回想して、技は受けないでかけるだけでズルイと言っていたが、この試合を見返すとまさに、そう。UWF勢の高田は、露骨に越中の技を受けなかったりする。越中はキチンと受けるが、途中から頭に来て、高田の技をすかしたりします。

 シュート技の修練の伝統がない全日本プロレス出身の越中は、高田にバンバン蹴られ、関節技を極められる。それでも、意地だけで立ち向かう、ド演歌ファイター・越中。素手で、武器を持っている相手と戦っている様相です。

 とにかく、両者の意地のぶつかり合いが眩しい、好試合。当時、「ジュニア版名勝負数え唄」と呼ばれたカードです。

高田伸彦(現:延彦)vs越中詩郎1
高田伸彦(現:延彦)vs越中詩郎2
高田伸彦(現:延彦)vs越中詩郎3

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2007年12月05日

生きる

 「絶対王者」小橋建太の復帰戦を、ビデオで観た。

 腎臓癌を乗り越えて、546日ぶりの試合、復帰戦。小橋は、高山善廣と組んで、三沢光晴&秋山準組と対戦。

 序盤は、4人ともぎこちない動き。小橋は、技を確かめるような動きだし、三沢&秋山も、小橋に仕掛けづらい感じであった。

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2007年11月28日

折れてる。そして超獣vs怪物

 寝起きから、偏頭痛。参ったことだ。時々ベットに横になったりして、ほとんど何もしないで、夕方まで過ごす。何もする気になれない。気分が折れている感じ。

 You Tubeコーナーですが、プロレスの試合をどうぞ。

 1988年4月19日、宮城県スポーツセンター。ブルーザー・ブロディvsジャンボ鶴田の、インターナショナルヘビー級選手権試合。

 ブロディは、ジャンボ鶴田をプロレスラーとして、とても高く評価していました。そんな鶴田だからこそ、最高のもてなしで、試合を務めた感じが、この試合です。古き良き、全日のゆったりリズムと、重厚な味わいの試合です。

 鶴田は、ブロディの盟友、スタン・ハンセン相手だと凡戦が多かったですが、ブロディとは手が合った感じです。

 ブロディは、この年の7月に他界。鶴田も、2000年に病死。伝説となった二人が、お互い全盛期にぶつかり合った、貴重な記録です。「超獣」vs「怪物」の対決を、どうぞ。

1988.4.19  全日本 インターヘビー ブルーザーブロディ対ジャンボ鶴田1
1988.4.19  全日本 インターヘビー ブルーザーブロディ対ジャンボ鶴田2
1988.4.19  全日本 インターヘビー ブルーザーブロディ対ジャンボ鶴田3

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2007年11月23日

久々集中

 午前中から、イラストの彩色作業。水彩絵の具を久しぶりに使う。

 このところの低調な気分のわりには、塗り始めると気持ちが乗ってきて、これも久々の集中力が出てきた。

 今日は姪が来ていたのだが、帰る予定が泊まることとなり、そうなると家に宿題を置いて来てしまったということで、午後3時半頃、姪の家に車を飛ばした。彼女と母が、同伴。

 高速道路を使ったりして、2時間のロングドライブをこなして帰宅。疲れていたが、彩色を仕上げようと、また彩色作業に戻る。午後9時頃、ほぼ完成。

 達成感があって、ここ最近では、気分が良い感じです。

※プロレスです。

 「超獣」ブルーザー・ブロディが、1988年7月17日、プエリトリコで不慮の死を遂げた、その10日後に組まれた、天龍vsハンセンのタイトルマッチ。

 ハンセンは、ブロディと同じ大学の出身で、売れない頃から苦楽を共にして、リングでもタッグを組んだ盟友同士。ハンセンの盟友を失った悲しみが、ものすごい気迫に変わり、亡き友に捧ぐといった、壮絶な肉弾戦を天龍に仕掛けます。受けて立つ天龍も、またすごい。

 改めて名勝負だと思いますし、この年のプロレス大賞での、年間最高試合賞を受賞したのも、納得です。

1988.7.27 全日本 PWF&UN 天龍源一郎対スタンハンセン1
1988.7.27 全日本 PWF&UN 天龍源一郎対スタンハンセン2

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2007年11月19日

こもっていたい日。そしてIWGP戦。

 デイケアを休んだ。昨日の偏頭痛の名残があったのと、どうも家から出る気がしなくて・・・。心が重だるくて、こもっていたかった。

 午前中から、自室でイラスト制作。似顔を2ポーズ描くが、ペン入れまでしても、イマイチ似てないので、もう一回描き直してみた。

 一段落すると、お絵描き掲示板。こちらは、似てません(苦笑)。外人だから、似せやすいかと思ったけれど、甘かった。

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2007年11月12日

イジメを見かけた。そしてハンセン失神試合

 デイケアであった。掃除当番は、久しぶりにふきん&コップ洗いを任され、20分くらいの掃除時間内で、こなす量が多いので大変だった。疲れたなぁ。

 車で帰宅中、信号待ちしていたら、下校中の小学生男子3人組が、横断舗装を渡っている。見ていると、1人の背の高い男子に、2人の男子が石を投げつけたり、ケリを入れていた。あぁ、イジメか・・・。やられている子は、特に抵抗していない。

 後から、女子二人組や、黄色い旗を持っている高学年の男子がいたので、どうやら班下校のようだ。旗を持っている子=班長は、見て見ぬふり。なんとかしてやれよ。

 ・・・って、運転中で自分も何もしてやれなかったんですが・・・。

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2007年11月10日

低調、そして長州語録。オマケは電線音頭

 久しぶりに、カラーイラストのアイデアスケッチなどをしてみる。

 しかし、夕方に近づくにつれて、どんどん気分が滅入ってきてしまった。今朝から少し偏頭痛があったので、お昼頃イミグランを飲んだら、時間が経つに連れて胃がムカムカしてきて、さらに気分が悪い。

 ついにイラストの手が止まって、結局ベットに横になってしまった。

 夕方、気分直しに、『闘魂スーパーバトル』(BS朝日)を観る。今日は、長州力特集で、長州本人がゲスト出演していた。

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2007年11月09日

似顔アップ。そして『いいとも!』初登場プロレスラー

 午後3時頃から、先日11月3日の、イベントでの小池里奈ちゃんの似顔の彩色作業に入る。午後7時頃完成。11月3日と4日の記事に、アップしておきました。よろしかったら、ご覧下さい。

 今日も良い陽気でしたね。でも、昨日夜からの偏頭痛の余波が残っていたり、気持ちが疲れていたり、どうも調子が悪いです。

 さてYou Tubeコーナーですが―続きを読む
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2007年11月06日

おならが出ない

 雨の朝。朝早く、父を車で駅に送るために起こされる。昨日の車の出来事があったんで、ちょっと運転は憂うつだった。

 朝食後『おはスタ!』(テレビ東京系)を観て、その後また少し眠った。

 1時間ほど眠ってから、アイドルの似顔を2枚描く。

 午後は少し読書してから、母と猫君を動物病院へ連れて行く。午後早い時間に行ったので、診察は一番に呼ばれた。

 猫君は、相変わらず腸にガスがたまっている。ウンチには、菌は何も検出されない。

 そこで、市販のビオフェルミンを飲ませて、腸を活発にして、ガス=おならを出しやすくした方が良いと獣医に指示される。診察は、しばらく様子見ということで、来なくても良いようだ。

 猫君、早くおならが出ると良いのだが・・・。それにしても、ガスがたまっている原因をつきとめないで良いのだろうかな・・・。重大な先天性の病気だったらと思うと、心配だ。

 それにしても、今日は寒かった。半纏(はんてん)を久しぶりに出して、羽織った。もうそんな季節だなぁ。

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2007年11月03日

後日書きます

 今日は疲れましたので、今日の分は、後日書きます。

 とりあえず、1991年6月1日のジャイアント馬場復帰戦で、まったりして下さいませ。1990年11月30日、世界最強タッグ決定リーグ戦の帯広大会で左大腿骨亀裂骨折。長期欠場して、この日=1991年6月1日・日本武道館大会で復帰戦を行いました。試合は、6人タッグマッチ。

ジャイアント馬場&ラッシャー木村&渕正信vsアブドーラ・ザ・ブッチャー&ジャイアント・キマラ1&ジャイアント・キマラ2

 この試合は、私は日本武道館に観に行きました。「馬場復活の日」という文字の入ったTシャツを買って、馬場さんを応援してましたね。ラッシャー木村のマイクも冴える。癒されるファンタジー空間でした。

 今気づきましたが、レフェリーは、馬場さんの超側近、和田京平さんですね。京平さん、ブッチャー組、木村、渕、そしてファンが一体となって、馬場世界を守っているから、癒しの空間になったのだろうと思います。

ジャイアント馬場復帰戦 1991年6月1日 全日本プロレス1
ジャイアント馬場復帰戦 1991年6月1日 全日本プロレス2
ジャイアント馬場復帰戦 1991年6月1日 全日本プロレス3

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2007年10月28日

後日書きます

 疲れましたので、今日の分は、明日以降書きます。

 とりあえず、懐かしの全日本プロレスの試合をご覧下さい。長州力vsキラー・カーン(1987年7月31日)。舞台は全日ですが、内容は新日本出身対決です。カーンが長州を裏切ったというアングルで、組まれた試合です。

 今観ても、カーンのニードロップは圧巻で、説得力十二分です。このニードロップで、カーンはアメリカマットでドル箱スターになりましたが、うなずけますね。

長州力対キラー・カーン1
長州力対キラー・カーン2

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2007年10月24日

そろそろ年賀状、そして電撃移籍に思うこと。

 そろそろ年賀状のデザインを考えねばと、スケッチブックを広げる。先日のデイケアでも、案を練っていたのだが、苦戦した。で、今日も苦戦です。

 母の年賀状も同時にデザインを考えているが、難しい。別に頼まれてやっているわけではないのだが・・・。

 母は、好みが保守的だから、あんまり奇をてらったものが好きではない。私は、アイデアの面白さを狙うタイプ。母のヤツは、気に入るように描かねばならない。

 とにかく、数パターン作らないとなぁ。巷の書店には、年賀状のデザイン本が出回っているが、パラッとめくると、良いのが一杯あるんだな。プロが作っているから、当たり前ですが・・・。

 そういえば、今日は昼食をすきやで食べたのだが、バジルトマト豚丼を初めて注文。

 ・・・すん〜ごく、ンマかった。豚丼にトマトって、どうかなぁと今まで敬遠していたのだが、もっと早くトライすべきだった。トマトの甘酸っぱい味と、豚肉の甘みの絡み具合が実に良い。飯が進む。機会があったら、また注文しよう。やっぱ、すきやはンマイなー!

 ところで、プロレスの話題ですがー

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2007年10月20日

久しぶりにペジェ曲線、そして「スターは誰だ?」

 カラーイラストの本描きに着手。今週のデイケアで描いた下絵を元に、制作する。

 久しぶりに、多分2年以上ぶりに、illustratorを使ってイラストを描いてみる。ブランクが長かったので、ペジェ曲線の使い方の勘を取り戻すのに、苦労する。ペジェ曲線って、忘れていたけれど、手間がかかるんだよなぁ。色と線がいっぺんに描けるところは良いんだけれど。

 それと昔のillustratorと違って、今のはオブジェクトを乗算にできるので、手描きの下絵をPhotoshop画像化したオブジェクトを乗算モードで透かして、下絵に沿って形を作れるので、便利だ。以前は、下絵を手元で見ながら、モニターを眺めて描かねばならなかったので、不便だった。

 午後6時頃、一休みを兼ねて、『ワールドプロレスリング』(テレビ朝日系)の録画を居間のテレビで観ていたら、父が帰ってきた。父に、「(プロレスとは)珍しいな。今は誰がスターなんだ?」と聞かれて、ウッと言葉につまる。

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2007年09月11日

ジャイアント馬場の「助さん・格さん」トークショー(後編)

 『仲田龍×和田京平、トークショー&サイン会』は、まだまだ話は尽きません。



本多「この本(『NOAHを創った男』)にあるように、京平さんは馬場さんに、ゴルフの弟子入りをしたんですか?」

京平「う〜ん、俺の記憶だと、ちょっと違うんだな。龍とハワイに行く前、馬場さんにハワイに連れて行ってもらったんだ。越中(詩郎)と一緒だった。馬場さん達は、ゴルフで、俺たちはビーチで遊んで。そん時、「社長、ゴルフって良いですねぇ」って言ったんだ。そしたら、翌日馬場さんのキャディアックのトランクに、俺の分のゴルフセットが用意されていて、驚いた。で、やったんだけど、全然ダメで、それっきりゴルフはやらなかったんです。その後、馬場さんとゴルフに行くようになって、上達したんです」

龍「京平さんがハワイに連れて行ってもらった時、羨ましかったですよ〜。25年くらい前のハワイだから、憧れでねぇ。京平さんのギャラはその当時(1日)1万円だって聞いていて、それも羨ましかった。ボク3千円でしたよ」
京平「20歳でレフェリー始めて、最初は3千円だった。それが1年経つと、5千円。2年で、7千円っていう風に、毎年確実にギャラが上がっていった。それで、10年15年って、毎年上がり続けたからね。だから、馬場さんすごいなぁって思ったよ」

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ジャイアント馬場の「助さん・格さん」トークショー(中編)

 『NOAHを創った男』(仲田龍・本多誠共著/ベースボールマガジン社刊)のヒットを記念した「仲田龍×和田京平 トーク&サイン会」の模様をお伝えします。昨日からの続きです。



 トークは、和田京平さんのペースで、進んでいく。

本多(司会)「龍さんと京平さん、どちらが「助さん」で「格さん」なんですか?」
京平「助さんが、龍で、格さんが俺だよね。助さんは、真面目で、俺は遊び担当だから、格さんっていう感じかな」
龍「(うなずき)」

京平「とにかく、馬場さんの取り合いだったよな。龍は、いっつもプロレスのことばかり考えている男だけど、俺は普段は仕事のことなんか、一切考えたくない。だから馬場さんとゴルフしている時は、一切仕事(プロレス)の話はしたことなっかったよ。だから、俺は馬場さんの遊び相手担当だったんだよ。しょっちゅう遠慮なく、馬場さんに冗談を言っていたんだ。龍はそれについて、「言い過ぎですよ!」と時々怒られたよ。でも馬場さんは怒らなかったな」

京平「でも、馬場さんが入院する直前あたり、いつもような冗談を言ったら、睨まれたんだよね」
本多「それはいつ?」
京平「ガンで入院する前。もうその時点で、体力的にキツくて、馬場さんに余裕がなかったんだろうなぁ。でも、馬場さんが死ぬことなんて、全然頭になかったからね。馬場さんの中で、将来設計があったと思う。10年後は、歩けなくなるだろう。車椅子の生活になるだろう。そしたら、巡業中は京平は現場に行かなければならんから、龍に面倒を診てもらって、巡業が終わったら、龍に休んでもらって、京平に面倒診てもらう・・・。そんなことを、馬場さんは考えていたんじゃないかな」

龍「(自分も馬場さんの別荘がある)ハワイに、いずれ住むことになるだろうと、思ってましたよ」

京平「それが今では、こうなって(お互い所属団体が違っていて)・・・。まぁ(馬場さんが亡くならなくても)何かあるなとは、思ってましたけどね」

本多「どういうことですか?」
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