2006年05月23日

逞しく生きる心構え

 風邪は治らないが、終日マンガの仕事。BGMが欲しくて、『伊集院光 日曜日の秘密基地』(TBSラジオ)を録音したMDを聴く。

 秘密基地VIPルームというゲストを迎えるトークコーナーに、漫才師・島田洋七さんが登場。自分の祖母との日々を記した著書『佐賀のがばいばあちゃん』が大ヒットして、このほど映画化もされた。B&Bで一世を風靡した彼に、再びスポットが当たっている。

 洋七さんの話は漫才と同じで実に軽快で、面白い。ウソのようなホントのようなおかしい話。車にひかれそうになった洋七さんは、運転手つかまえて怒ったそうな。「ひくならもっと面白くひかんかい!ネタにならんやないか!」。怒るところが違うがな(笑)。

 でもこの逞しい精神は見習いたい。どんな不幸でも、ブログやマンガのネタになるなら儲けもんだ。不幸も俯瞰(ふかん)で見られると、どこか笑いが起こってくる。

 洋七さんのおばあちゃん=おさのばあちゃんは、ほんとにゆかいだったらしい。とにかく貧乏で、小学生の洋七さんが学校から帰ると、おばあちゃんに「お帰り、早う寝や」と言われると、「夕飯はないな」と納得したという。またおばあちゃんに「お腹減った」と言うと、「気のせいや!」と返される。とにかく竹を割ったようなさっぱりしたおばあちゃん。

 B&Bでブレイクした当時はとにかく忙しくて、しまいには放送台本を見ると気持ち悪くなり、仕事をパッと休んだ。それも6年。おさのばあちゃんのところに戻ったそうだ。その間後輩の明石家さんまや島田紳助などにどんどん抜かれた。そんな時おさのばあちゃんは洋七さんに、こんなことを言ったそうである。

 「人をうらやましがるのが最大の敵や。だから苦しいねん。」

 それを聞いていたから、洋七さんは後輩に抜かれても、別になんとも思わなかったそうである。これも良い言葉だと思う。私などは、絵の上手い人を見れば落ち込み、文章の上手い人を見れば悔しがり、恋人の話をされれば嫉妬する。すべて人との比較から生まれる、劣等感だ。だからしょちゅう苦しいのだ。良い意味で諦める、諦念ということは、精神衛生上良いことかもしれない。自分を不必要に傷つけないためにも。

 もっとも私の対抗心は幼少の頃からあって、病院の待合室で同じくらいの子がハンカチ遊びをしていると、負けずにハンカチをポケットから出して遊び始めるという面があった。なんか業が深い感じではある。

 洋七さんに言わせると、長くやってれば何でもプロだという。ワシは、貧乏のプロやった、と。また伊集院さんが、尊敬するみうらじゅんさんの言葉を引き合いに出した。

 「辛いことの後ろに、『プレイ』という言葉をつけてみなよ、楽になるから。『SMプレイ』みたいにさ。」

 さしずめ私の場合は、ひきこもりのプロだろうし、ひきこもりプレイ中なのだろうな。週刊プロレスの読者のプロだし(創刊号から読んでいるから)、素人童貞プレイ中だ。苦しい、悲惨な事実は変わらないが、ちょっとだけとらえ方がポジティブになる。これも事実を俯瞰でとらえ直し、悲惨さをネタに変換する作業と同じであろう。どこか笑いが起こるというか、明るい気分にもなってくる。

 洋七さん、おさのばあちゃん、みうらさんとも、要は逞しく生きる心構えを言っているような気がする。

 まぁそういう心の作業をしなければならないほど、辛く悲惨な状況だしな〜、とまた思考が一巡りして悲しくもあるが。私はどうも悲観的でいかんな。

 話は少しそれるが、先日自民党税制調査会が、成人したニートやフリーター所得税の扶養控除対象から外すことを検討し始めたそうだ。扶養控除を外すことで、ニートらを正業に就くように促進する狙いもあるという。要は成人のニートが家にいればそれだけ増税になり、親に彼らを家から追い出す良い口実をあたえようとするものだ。民主党の小沢代表も、ニートの親は動物に劣ると発言したらしく、与野党からニートへの風当たりがきつくなりそう。これには成人のひきこもりも含まれる問題だろうから、他人事ではない。

 さしずめ『ニート追い出し増税プレイ』と名付けてみたが、精神的に乗り切れるか、自分。まだちょっと辛いか・・・。映画『佐賀のがばいばあちゃん』HPを先ほど見たら、おさのおばあちゃんのこんな言葉がのっていた。

 「悲しい話は夜するな。つらい話も昼にすれば何ということもない。」(映画『佐賀のがばいばあちゃん』HP内おさのばあちゃん語録より)

 『ニート追い出し増税』の話題も、昼すればどうということはないのかな。がばいばあちゃんみたく、私も逞しくならないとなぁ。
posted by 諸星ノア at 21:01| Comment(0) | TrackBack(0) | ラジオ
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