
↑A4ポスター。
朝早く起きたら、トリノ五輪で荒川静香がフィギュアで金メダルと取ったというニュースがテレビで流れていた。良かったなぁ。オリンピックは開会式を観たきりで、特に興味を持ってなかったけれど、やはり金メダルは嬉しいものだ。
『没後25年 谷内六郎の軌跡 ―その人と仕事―』は、そごう横浜店のそごう美術館にて開催されている。長いこと電車に揺られて、はるばる横浜駅へ。さすが横浜、駅も綺麗で、行き交う人もどこかオシャレな感じ。

↑そごう美術館。
会場へ到着すると、速攻で展覧会グッズ販売コーナーへ。図録が欲しかったのだ。図録を探してコーナーを見渡すと、文庫本『谷内六郎の絵本歳時記』を発見。欲しかったんだ、コレ。
数年前に銀座で初めて谷内さんの展覧会を観た時、『週刊新潮』の表紙絵をまとめた文庫のシリーズがあり、買い求めた。しかしお金がなくて、シリーズ全部を買えなかったのだ。この文庫は一般発売されていない。こういう展覧会会場でしかお目にかかれないのだ。
今回はこの文庫シリーズが置いてあった。『谷内六郎の絵本歳時記』はシリーズの一つで、唯一持ってなかった本だ。これでやっと全て揃った。来て良かったなぁ。

↑『谷内六郎の絵本歳時記』。
谷内さんの暖かな絵の世界を文庫サイズで観られるのが良い。文庫サイズは、寝転がって観られるから良いのだ。寝る前とか、谷内さんの絵を眺めているととても心が安まる。
ここで谷内六郎さんについて、ちょっと説明をば。若い方はまず知らないだろうと思う。実は私も存在は知っていたが、ハマッたのはここ6年くらいの話。
世間的には、『週刊新潮』の表紙絵を創刊号から25年間描いた画家として有名。「『週刊新潮』は、今日発売されま〜す」という女の子のナレーションと夕焼けこやけの曲がバックに流れるCMがかつてあって、谷内さんの絵が映されていた。私は小学生の頃このCMで、谷内さんの絵を知ったのだ。しかしあの絵を描いている人の名前が谷内六郎というのは、ここ数年で知ったのだ。『週刊新潮』はサラリーマンの雑誌だから、小学生の私には馴染みがなかったのも仕方ない。
谷内さんは、1921(大正10)年、東京に生まれる。絵を描くのが好きな少年だったが、ぜん息などで身体が弱く、思春期、青年期と辛い時代を過ごした。1955(昭和30)年、第1回「文藝春秋漫画賞」を受賞して、脚光を浴びる。そして創刊した『週刊新潮』の表紙絵に抜擢され、25年間担当。1981年に59歳で急逝するまで描き続けられた。
今回の展覧会では、お馴染みの『週刊新潮』の表紙絵も多数展示されるが、それ以外のポスター、挿絵、装丁画などの仕事、貴重な戦後間もない頃のマンガ家時代の作品などを展示するようだ。
『谷内六郎の絵本歳時記』と図録を無事ゲットし、いよいよ会場内へ入る。
20代の頃の貴重な漫画が、まず展示されていた。彼の新聞連載漫画や、なんと戦後の赤本マンガ(戦後縁日などで売られていた粗悪な作りのマンガ本)も展示されている。手塚治虫も描いていた、赤本マンガを描いていたんだなぁ。中身はどういう内容か観てみたいものだ。
谷内さんの珍しいデッサン画も展示されていた。素朴な子供の描いたようなタッチからは想像できない、リアルタッチの鉛筆デッサン。こういう絵の練習もされていたのだなぁ。お馴染みの童画タッチは、実はほとんど資料を見ずに思いだして描いているそうだ。そんな芸当を支えているのは、こういうデッサンとかスケッチで手に覚えさせた画力なのだろう。
『週刊新潮』の表紙絵コーナーへ向かう。
谷内さんは、自分のアイデアや妄想を、絵にダイレクトに定着させる技量というのがすごいと思う。絵にしにくい微妙で繊細なアイデアだと、絵にするのが難しい。伝わないのでは、と絵にするのを止めてしまいかねない。それを子供が描くようなタッチで、アイデアを大胆に画面に捕まえてしまう。すごい。
どれも子供の感覚というのをうまくとらえた作品だが、特に私が「分かるなぁ〜」という作品があった。女の子がお父さんのコートの匂いをかいでいる作品。女の子の回りには、タバコやオフィス街が描いてあり、女の子がお父さんの匂いから想起する絵を配置している。
私も小さい頃から親父のスーツとかコートの、独特の匂いを嗅いで、見たことのないオフィスの喧噪やビル街を想像したものだった。今は私も1年ほど会社にいた経験があるから、父の匂いを嗅ぐと会社の雰囲気を想像してしまって、すごく緊張する。
こういうちょっと絵にしづらいような感覚を、パッと捕まえて、画面に定着させる技術が、谷内さんのすごいところなのだ。
お子さんを大切にされる一面を語る展示物もある。子供に作ってあげた、手製のオモチャの数々。人形劇ができるように、割り箸の先に人物の絵を描いた紙を貼り付けたもの。紙製のテレビとかカメラ(ポロライドカメラというそうだ)。娘さんの上履き入れに、マジックで女の子の絵が描かれてあったり。谷内さんは自宅で仕事をしていたそうだが、週刊誌の表紙絵の他にポスターや挿絵など様々な仕事を抱えて忙しのに、子供がまとわりついてきても叱ったことはなかったという。むしろ一緒に絵を描いていたという。なかなか出来ないことだ。
また自宅の冷蔵庫の前にしゃがんでいて、奥さんに「何しているの?」と問われると、「子供の目線になると冷蔵庫ってこんなに大きく見えるのだなぁ」と言ったという。子供達と接し、さらに子供の目線に立つことで、子供の感性を持ち続けたのだろう。
私が何故谷内さんの絵に惹かれたのか。その理由の一つは、私がひきこもり体験をしたことだろうと思う。谷内さんの作品には、どこかひきこもりに通じるナイーブさがある気がするのだ。
彼はひきこもりではなかったけれど、内向的で引っ込み思案。ぜん息持ちで、青年時代はぜん息の薬の副作用で、精神を病んでしまったという。部屋にテントを張って、その中にこもるというような。だから、ひきこもり体験をしているのだ。その闘病中に見た夢想を、創作に繋げたという。彼の言葉を記す。
「(テントの)中でじつとしていると空想がひろがつて、その感じをつかまえてマンガ風の絵にすることにすがつて、生きるのぞみとしたわけであります。」
どこかひきこもりマインドというのがあり、そこから創作が膨らんでいる。その姿勢に、自分と同じ匂いを感じるのだ。だから私は、谷内さんの作品に惹かれるのだと思う。
郷愁とファンタジーの世界を堪能して、会場を後にした。もう2時過ぎだ。腹が減った。昼飯だ。
横浜駅東口の地下で、食事街があったので、そこで食べよう。あっ『ペッパーランチ』があるのか。私には秋葉原デパートの食事街でお馴染みのステーキチェーン店。一度食べたことがあるが、なかなか美味い。しかし格安でステーキが食べられるが、最低800円はかかるので、我慢した。かわりに、そのはす向かいの『カレーハウス リオ』というカレー屋にする。またカレーかと思われるだろうが、やはり安くて味がまぁまぁで、腹が膨れるというのは、カレーが無難なのだ。それにどんな味のカレーか、味わうのも良い。

↑『カレーハウス リオ』
ワンパターンだけどカツカレー。650円也。カウンターのみの席に座ると、ここにはソースやタバスコの他に、醤油が置いてある。これは嬉しい。私はカレーに醤油をかける派だからだ。
店内はお昼時を過ぎても盛況だ。サラリーマンが多い感じ。会社説明会の帰りみたいな、スーツ姿の若者集団もどやどやといる。

↑『リオ』のカツカレー
お、来ましたよ。カツ、薄いなぁ〜。衣の厚さを変わらないよ。まぁこれがB級グルメの王道といえば王道なのだろうが。醤油をかけて、頂きます。
うん、レトルトっぽいけどなかなか美味いなぁ。この店はカレーが最初から中辛になっているようだが、辛さも自分好みでちょうど良い。薄目のカツだけど、悪くない味。お腹も空いていたから、とにかくドンドン食べ進める。
ふ〜・・・ごちそうさま。まぁまぁ及第点のカレーだった。
帰りの電車に揺られていると、ウトウトとしてきた。ゴトンゴトンという音が、眠気を誘うのだ。展覧会には谷内さんの詩も展示されていたが(彼は文才もなかなかである)、汽車の走る音が、「ヤマオカさん、ヤマオカさん」と聞こえたり、「トンデモナイ、トンデオナイ」と聞こえたりするという詩がある。それを眠い頭でぼんやんり思い出した。大の大人だったら、そんなくだらないことと、文章にすることをためらうだろうが、谷内さんはそんな恥を感じないで素直に表現されている。心にリミッターをかけないで、ほんとうにすごいと思う。
私もそんな感性を見習いたいと思ったが、電車の音が「勝てん、勝てん」と聞こえてきた。あぁ、もっといい絵を描きたいなぁ。車窓には雨が打ち付けていた。