2006年11月12日

少年の憧れ

 少年の頃、親しんだプラモデル。その箱絵=ボックスアートは、空気のように何気なく、私の身の回りにあった。

 画家の小松崎茂さんの名前は、小学校高学年頃知ったが、身近なプラモの箱絵を描いているとは、随分後年になってからだ。それほど、名前ではなく、まず絵に親しんでいた。名画のように高みになく、何気ない少年の身近にあった絵という感じだ。

 逓信総合博物館(最寄り駅は、地下鉄大手町駅)にて、小松崎茂さんの画業を振り返る展覧会が開かれており、観に行った。『ぼくらの小松崎茂展』。

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↑逓信総合博物館。

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↑看板。

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↑チケット。余談だが、ここの案内嬢は、美人が多く、ちょっとときめいてしまった。

 お昼頃着いたのだが、客層がアダルト。見た目30代以上のオジサンが多い。太ったアキバ系というのも多い(私もだ)。子供連れのお父さんも多く、子供そっちのけで、お父さんが夢中に観ている。

 大正4(1915)年生まれの小松崎さんは、小さい頃からメカ好き。いじめられっ子だったが、軍艦の絵が上手かったことで、ガキ大将達から認められた経験があった。

 軍艦や戦闘機が好きだった彼は、戦中は軍から戦意高揚のイラストを多数発注される。小松崎さんは、好きなメカ=軍艦や戦闘機が描けるということで、ドンドン引き受ける。反戦の思想というより、とにかく好きなメカが描けることの喜びが大きかったようだ。ある時、軍に「B-29が撃墜されている絵を描け」と言われB-29の写真を手渡されると、彼は思わず「良い飛行機だなぁ」と呟いてしまった。それから軍人からこっぴどく説教されたそうだが、彼のメカ好きというのは、子供のように無邪気だったことがよくわかる。

 戦後師匠の日本画家堀田秀叢に、「戦意高揚画をたくさん描いて軍に協力したのだから、戦犯だ」と指摘され、自分の無邪気さに愕然とした。

 しかし、子供の夢になるような物語を描いて罪滅ぼしをしようと、子供向けの絵物語を描く。絵物語が衰退後は、雑誌の口絵図解、さらにプラモデルブームに乗って、箱絵でも活躍が広がっていく。

 小松崎さんの絵は、とにかく力強く、見る者へグングン飛び出して迫ってきそうな構図が多い。メカが前へ前へ、突き進む絵が多い。メカ好き、ミリタリー好きという少年期にありがちな憧れが、そのまま画面に溢れているようだ。戦争への悲惨さとか、そういう思想というより、好きな物は好きという発想だ。イノセントだというか。

 展覧会に集まった人達は、今も少年の気持ちやイノセントさが、どこかに残っているのだろう。観客には、ニューハーフらしいミニのタイトスカートの男性(女性?)がいた。服装や心は女でも、少年の心が残っていると思われた。

 絵物語など、ペンで描かれたものを見ると、とにかく描線がたくさん引かれ、細かい。メカもさることながら、人物や馬などの動物も、確かな形をとらえている。誠にデッサンやスケッチの量の多さが分かる。画面密度の高い絵で、しかもこなす量が多い。すごいことだ。

 カラーのイラストでも、メカはタブローの様に隅々までキッチリ描きこまれ、マスコミの美術とは思えないほどの手の込みよう。不眠不休で描いていたと言われるが、それも頷ける。

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↑展示会場外にあったもの。念のため。

 小松崎さんの若い頃は画材は今ほど良い物がなく描法も多様でない時代だったからこそ、確かなデッサン力、描写力というものが身に付いたのではないだろうか。

 私的は、絵物語などのタイトルが気になった。レタリングしたタイトル文字は、絵の原稿とは別の紙に書いておき、絵が描き終わった後に、上から張り付けている。こうしておけば、タイトル部分に気を取られず、絵をノビノビ描くことができる。パソコンでは絵と文字の組合せは、いとも間単にできるが、その昔はこうい工夫がされていたのだな。

 建物から出ない限り、展示コーナーへの出入り自体は自由。売店に行って、グッズを見ると、この展覧会の図録がある。2,300円。展覧会へ行くと常に図録はデフォルトで買っていたが、今日はあいにく持ち合わせが少ない。これを買うと、昼飯が食べられない計算になる。そのくらいしか持ってないのだ。

 午後1時半を過ぎて、とにかく腹が減って仕方がない。図録は後々、家でも見返して勉強できる。でもとにかく食いたい。う〜ん。

 え〜い、飯だ!建物内にある食堂(?)へ、ゴー。ポークカツカレーを頼む。750円也。

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↑建物内にある、LUCKという食堂。

 出てきたカツカレーだが、カツが三切れしかない。ルーには、何も入っていない。卵スープと見に野菜サラダが付くけれど、これで750円はなぁ。味も、特に特筆するものではなかった。

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↑野菜サラダ&スープとポークカツカレー。

 ともあれ、腹が満たされて、満足はした。外は寒い風が吹いている。暖かい食べ物は、やはりありがたい。

 太平洋戦争時代は、画家など芸術家は食うためには軍に強力することが珍しくなかったそうだ。やはり空腹には勝てぬ。小松崎さんも、とにかく画家で食いたいという意識が強かったそうだ。メカ好きだったことに加え、食うために軍に協力した面も大きいだろう。私だって、もしそのように追いつめられれば、自分の思想を無視して、食える道を選びかねないだろう。まさにこの日、図録より、カツカレーを選んだのだから。

 図録を買えない分は、何度も展覧会場に出入りして、目に焼き付けた。少年の憧れ、未来への夢の乗り物、建物に夢を馳せた。時刻は、午後3時。さぁ、これから神保町へ移動。少年の憧れから少女へ憧れる中年ヲタクに変わり、少女に会いに行く。ジュニアアイドル・加藤美月ちゃんのイベントへゴーだ。

―続きます―

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posted by 諸星ノア at 22:51| Comment(2) | TrackBack(0) | 展覧会めぐり
この記事へのコメント
ども、ぶーにゃんです。
プラモデルの箱絵の絵師ですかあ。
プラモデルはガンダム系から第二次世界大戦期の戦闘機までよく作ったなあ。
でもプラモデルって、ちょっと前までバンダイ(現バンダイナムコホールディングス)の登録商標だったんですね。
ゆえにNHKは「プラモデル」とは言えず「プラスチックの組み立て模型」と表現していました。(ついでに言えばNHKは「ギネスブック」のことを「ギネス」がビール会社の社名・登録商標のため「世界記録を集めた本」と表現します。)

三切れしかないカツカレーはボッタクリですね。
うちは「四六時中」というイオングループの外食部門「イオンイーハート」系列の海鮮系レストランで刺身を注文しましたが三切れしかないことに驚いたことがあります。
ご飯と一緒に注文しましたがとてもおかずになりませんでした。
これなら自分で刺身用の切り身を買って自分で作った方が安上がりだよなあ。

それではまた。
Posted by ぶーにゃん at 2006年11月13日 20:27
>ぶーにゃんさん
 私も小学生〜中学生まで、よく作りましたね、プラモ。私はもっぱら、アニメ作品のプラモが多かったですね。『宇宙戦艦ヤマト』や『機動戦士ガンダム』。アニメではないですが、『ロボダッチ』というのも大好きでした。

 プラモデルについての商標ですが、ウィキペディアで調べたら、1975年に日本プラスチックモデル工業協同組合が商標を取得して、それ以来メーカー各社は自由にプラモデルという名前を使って良いそうです。

 レストランで刺身を注文して、三切れは酷いですね〜。最低五切れでしょう。ボッタクリだと思いますよ。そのお店は、よく続いてますね。
Posted by 諸星ノア at 2006年11月14日 11:53

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