2014年10月31日

高野文子先生トーク&サイン会@西武百貨店池袋本店別館8F・池袋コミュニティカレッジ コミカレホール

 マンガ家・高野文子先生のトーク&サイン会に参加してきました。

 場所は、東京・池袋。西武百貨店池袋本店別館8F、池袋コミュニティカレッジ コミカレホールにて。

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↑会場ステージ。

 時間は、19時より。

 今回は、高野先生12年ぶりの新刊『ドミトリーともきんす』(中央公論新社)の発売を記念しての開催です。

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↑『ドミトリーともきんす』表紙。

 すでに同様のイベントが、京都でも開催された模様。


 高野文子先生は、1957年新潟生まれ。1979年、「絶対安全剃刀」で商業誌デビュー。

 私が高野作品を知ったのは、ちくま文庫版『るきさん』から。マガジンハウスの女性向け情報雑誌『Hanako』誌上で連載されていた(1988〜1992年)、OLマンガ。

 おそらく高野さんの作品で、一番広く読まれたのは、この作品でしょう。

 上品な線に惹かれて、以降、高野さんの単行本を読むようになりました。

 2003年、作品集『黄色い本』で、第10回手塚治虫文化賞マンガ大賞受賞。

 単行本になっているのは、作品集がほとんどで、極めて寡作な作家さんです。

 トークショーは、担当編集者の田中さんと高野さんとの、対談形式で行われました。

 田中さんは、30代前半くらいの若い女性編集さん。

 最初は別の企画で今から3年前に、高野さんにマンガの依頼をしたところ、「今はフィクションを描きたくないの」と断られたとか。

 高野さんは、上記の2003年刊行『黄色い本』当たりから、人物を描くことに興味がなくなり、自然科学的な、マンガのコマ(フレーム)の中に風景だけとか、ノンフィクションを描きたいという意思があったようです。

 田中さんは、元々理系大学出身の編集者で、それならばと、改めて、高野さんに合った企画を立て直して仕事を依頼したのが、今回のマンガの発端だったらしいです。

 高野さんは、物理学者ジョージ・ガモフの書いた『不思議の国のトムキンス』が面白かったそうで、最初にそこから、『球面世界』(旧題:トムキンスさん、ケーキをありがとう)という短編を描きました。

 この本の冒頭に収録されています。

 そこから、『ドミトリーともきんす』へと発展していきます。

 「ドミトリー」とは、民宿みたいな意味合いみたいですが、この作品では、学生寮みたいです。

 お話の骨格としてはー

 とも子さんという寮母さんが切り盛りするドミトリーの2階に、科学者のタマゴ4名が下宿しているというお話です。

 とも子さんには、きん子ちゃんという、幼い娘がいます。

 「ともきんす」というのは、推測ですが、とも子+きん子を合わせた造語じゃないでしょうか。

 それで下宿している科学者のタマゴは、トモナガ君、マキノ君、ナカヤ君、ユカワ君の4名。

 すなわち、朝永振一郎(物理学者/1906〜1979)、牧野富太郎(植物学者/1862〜1957年)、中谷宇吉郎(物理学者/1900〜1992年)、湯川秀樹(物理学者/1907〜1981年)です。

 高野さんと田中さんは、下宿に住まわせる科学者の選定に悩んだそう。

 とにかく高野さんは、田中さんが送ってくる資料本を、大量に目を通したそう。

 それで、わりと同時代の科学者で、若い頃の心情を後に著作などで吐露している科学者を基準にして、選んだそうです。

 さらに若き日の写真を、絵にしやすいとか(笑)。

 それらの条件をクリアしたのが、上記の4名。

 そこからは、ドミトリーの外観設定から、内部図解から始まり、ネームを起こし。

 『ドミトリーともきんす』は月刊連載でスタート。

 ただ連載が始まるまでに、6話分のネームまで完成させていたそう。

 1回分の話は、5ページ。

 高野先生は、ネームは30ページ分の紙は、頭にパッと浮かぶそうです。

 ここにベタでここにトーンとか細部にわたるまで、具体的にハッキリと浮かぶそうで、30ページ以上は無理だそう。

 あとはそれをトレースして、原稿用紙に描くだけ。

 ちなみにこの会場内には、先生のご厚意で、生原稿の展示があります。透明プラ製ファイルに入れられた状態で、手にとって見ることが出来ます。

 しかも写真撮影OKという太っ腹!大御所なのに、すごいですね。

 原稿は、結構切り貼りだらけ、修正だらけで、私見ですが、そこら辺は手塚治虫先生の生原稿に近いです。時間が経って見直して納得いかないと、描き直すみたいです。質へのこだわりは、どん欲ですね。

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↑生原稿!

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↑キャラ設定画!

 『ともきんす』の5Pには、「高野ルール」があるそうで、高野先生の説明によればー

 1P目と5P目は、とも子さんの服にベタ(スミ)が入っていて、2P〜4Pは科学者の服にベタを入れてること。

 つまり主役が交代していることを、ベタで視覚的に示すという意図があるということ。

 それと、4P目でストンとしっぽが切れたようにお話を終えて、5Pのとも子さんにつなぐ。

 この作品は、読者に取り上げた科学者の著作を読んでもらいたいという、読書案内という意図があるので、「続きは図書館で読んで下さい」という意味で、話を意図的に切っているようです。

 さらに、科学者達は、この世にいない存在なので、とも子さんときん子ちゃんとふれ合わないように描いている。

 それと、吹き出しを、短冊形の、長方形にしていること。

 これは、5Pのラストコマで、400字詰めの文を読ませるので、それまでに目を慣らすために、縦長の長方形の吹き出しをわざと作ったということです。

 マンガ業界内でも、その卓越した構成力は高い評価を受けていましたが、改めてここまで計算して描いておられるのかと、ビックリです。すごいですね。


 制作途中、東日本大震災に見舞われたり、色々あって、最終回。

 ラストページは、模様を描きたいと高野先生に言われ、田中さんは大変困ったそう(苦笑)。

 高野先生は、模様作りに没頭していて、肝心の最終回のネームはまったく上げなかったので、田中さんは困ったんだそうです(苦笑)。

 そのラストページは、ポストカード化され、この日来場者プレゼントとして配られました。また、高野先生の提案で、手ぬぐいにもなって、会場内で販売されました。

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↑これが模様の最終ページ。連載時のものではなく、単行本化にあたり描き直したもの。

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↑配られたポストカード。左が、模様に色をつけたもの。右が、きん子ちゃんの三角サイコロ。

 田中さんのご苦労はこれだけではなく、取り上げる科学者達は実在の人達ですから、文献など、ご遺族に引用の許可を得なければなりません。

 さらに似顔の表現では、高野先生曰く「遊びまくった」ので、そこら辺も許可を得るべく、田中さんはご遺族へたくさんお手紙を書き、必要ならば、高野先生と二人でお家までご挨拶に伺ったそうです。

 高野先生は、この本が出る前に、雑誌で歌人の穂村弘さんと対談され、「今までご自分の内面をたくさん描かれてきましたよね」と穂村さんに指摘されると、高野先生は否定されたらしい。

 私見ですけども、この日のトークから、田中さんとの仕事の進め方をみていると、自己表現ではないにしても、そうとう自分のやりたいことを押し通す方だなって感じるので、結果的に自己表現になってしまうのかなって感じてしまいました。

 それは、悪い意味じゃないです。

 もちろん高野先生が、才能抜群で、実力があるからこそ、意見が通るわけです。

 田中さんは若い方で、しかもマンガの編集は未経験というハンデはあったようですが、そこはプロの編集者ですから、作者の独善に走りすぎないよう、要所要所で手綱はしっかり握るしたたかさは感じられました。
  
 トークからは、マンガ家と編集者の、なれ合いじゃなく、良い意味でのせめぎ合いから生まれるケミストリー(化学反応)が、『ドミトリーともきんす』に結晶したのだなと感じました。

 作品というのは、作家を理解しつつも、客観視できる編集者との共同作業で、もう一段階上に質が昇華するのではないでしょうか。

 企画立ち上げから、単行本化まで、実に3年間!

 こうして1時間を超過してのトーク終了後、サイン会となります。

 サインは、整理券の番号順。

 私の順番が来るまでには、20分くらい待ったかなぁ。

 本の扉に、コピックのピーコックグリーンで、サラサラをサインと果物を描き添えて下さいました。

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↑頂いたサインと梨のイラスト。

 何の果物ですかと尋ねますと、「ユカワ君が食べる梨です」とのこと。第9話「ユカワ君、ハゴロモです」で、ユカワ君が梨を食べながら、とも子さんときん子ちゃんに、可能性=確率の話をします。

 文系頭のお馬鹿の私には、難しい話もあったトークでしたが、興味深いイベントでした。

 高野先生、田中さん、お疲れ様でした!


※高野文子先生の絵による、競輪のCMです。

 こういうのもあるですねぇ。知らなかった。

競輪-KEIRIN-CM 高野文子


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posted by 諸星ノア at 23:41| マンガ・マンガ家