2014年07月13日

中野昭慶監督トークショー&サイン会@書泉グランデ7Fイベントフロア その1

 特撮映画などで活躍された中野昭慶(なかの・てるよし)特技監督のトーク&サイン会に参加してきました。

 場所は、東京・神保町。書泉グランデ7Fイベントフロアにて。

 時間は、14時より。

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↑書泉グランデ。

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↑告知ポスター。

 中野監督は、御年78歳。1945年旧満州生まれ。東宝で、円谷英二監督から数えて、三代目の「特技監督」に就任。

 『ゴジラ対ヘドラ』(1971年)、『ゴジラ対メカゴジラ』(1974年)などのゴジラシリーズの他、『日本沈没』(1973年)などのパニック物、東宝退社後『二百三高地』(1980年/東映)などの戦争物等々、数々の大作に特技監督として参加されました。

 またテレビでは、『流星人間ゾーン』(1973年/日本テレビ)、『西遊記』(1978年/日本テレビ)等々に特撮で参加。

 特撮好きの私なんですけども、中野監督のことはモグリで名前くらいしか存じ上げなかったんですけど、改めて調べてみたら、かなり中野監督が手がけた作品を観ていることが分かりました。

 今回はワイズ文庫『特技監督 中野昭慶』(中野昭慶/染谷勝樹著)の発売を記念しての、トークショーとサイン会です。

 グランデ7Fの会場には、50人ほどのゴジラファン、中野ファンが集結。男性が9割。ほとんどが、見た目40歳以上。まぁ私もその中の一人ですが。一人だけ、20代くらいの女性がいましたね。最年少では、お父さんに連れられた、5歳くらいの男の子が一人いました。

 いずれもゴジラ、しかも中野監督に会えるとというのは、濃い特撮ファンということでしょう。

 14時、中野監督登場。すらっと背の高い紳士で、スタスタと歩いてこられて、若々しい。とても78歳には見えません。

 司会は、本を共著された、染谷勝樹氏。

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↑中野監督。

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↑染谷氏。

 以下、例の如くメモ書きより、トークを再現してみます。

染谷「今回は、本に書かれてないところを中心に話したいと思ってますが、まず『日本沈没』(1973年)なんですが、鉄粉をまいて(下から)磁石を動かして(うねる)群衆シーンを撮ったそうですね。そういう撮影アイデアは、いつ考えるんですか」
中野「それはスタッフに知恵者がいてね、そういうのを考える。自動車を吸い付ける強力な磁石と、文房具屋で売ってる、小学生が使うU字型の磁石を使い分けて、スタッフ何人かが下にもぐって、(鉄粉を)動かしているんだ。その様子を横から撮った方が、出来た絵より面白いかもしれないね(笑)」

染谷「富士山の1/1200のミニチュアを造って、望遠カメラで撮ったりもしたとか。大きなスタジオの端にある富士山を、入り口付近に据えたカメラが撮影するという・・・」
中野「あれは、遠いところから見る富士山≠表現するためで、キャメラから富士山までの距離感を表現したかったんだ。それには、富士山(ミニチュア)とキャメラの間の「空気の層」を入れて撮らないといけないということだね」

染谷「『ゴジラ対メカゴジラ』(1974年)で、メカゴジラを挟んで、画面右にゴジラ、左にキングシーサーが並ぶ画面で、2体がメカゴジラを挟み撃ちにするシーンなんですが、メカゴジラの顔がキングシーサーに向いて目から光線を出して、両手両足の指からゴジラに向けてミサイルを放つアイデアは、どういう考えだったんですか?確か台本では、「(メカゴジラは)2体の攻撃をうまくかわす」ってだけ書いてあるだけでしたが」
中野「台本通り撮らないでゴメンね(笑)。大体脚本家は、特撮は分からないって人が多くて、関沢さん(関沢新一/1920〜1992年/脚本家・作詞家)なんか、その典型なんだけどね。特撮シーンのト書きは「・・・」って書いてあるだけなんだ。

 当時の映画はシネスコサイズで、スクリーンが横に長かったんで、シネスコ向きのアングルだったかな、と今は思う。昔あれをテレビで放映すると、3体(ゴジラ、メカゴジラ、キングシーサー)並んだアングルは、どれか1体がカットされた画面になってた。放映局によって、カットする1体が違ってたりね」

染谷「ここで、田中友幸プロデューサー(東宝プロデューサーで、ゴジラの生みの親/1910〜1997年)のお話を伺いたいんですが、どういう方だったんでしょうか。中野監督が参加した『エスパイ』(1974年)の時、スタッフがオーロラの描写に悩んでいた時、田中さんが『アラスカ物語』(新田次郎の小説)のオーロラの場面のページだけを破いて、「これだよ!」と持ってきたそうですが」
中野「キングギドラが初登場する時(『三大怪獣 地球最大の決戦』)、田中さんはギリシア神話の本にあるページを破いて持ってきて、それがキングギドラのデザインの元になったんだ。あの人は、すぐ現場に来る人だった。それと、すごい電話魔(苦笑)。夜中だろうが、自分が思いついたらすぐ電話してくる。田中さんの家に行ったことがあるんだけど、家に電話交換機があるんだ。それで思いついたら、交換機でつないで、電話してくる。すごいせっかちだったね(笑)。

 そうえいば、橋本さん(橋本幸治/プロデューサー・元映画監督/1984年版『ゴジラ』など/1936〜2005年」)も電話魔だったなぁ。

 ともかく電話続きで寝不足で作ったのが『エスパイ』(苦笑)。そうそう、『エスパイ』に由美かおるが出ているんだけども、田中さんが週刊誌に載ってた由美かおるのセミヌード写真を破って持ってきて、(ヒロインには)これがいいんだよって福田監督(福田純/映画監督/1923〜2000年)のとこに持ってきたなぁ(笑)」


ー中野昭慶監督トークショー&サイン会@書泉グランデ7Fイベントフロア その2へ続く。


※『ゴジラ対メカゴジラ』(1974年/東宝)の予告編をどうぞ。

ゴジラ対メカゴジラ


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posted by 諸星ノア at 19:11| 特撮&VFX作品・特撮ヒーロー・怪獣