2015年09月08日

大河原邦男トークショー&サイン会@池袋コミュニティー・カレッジ8F(東京・豊島区)/後編

 大河原邦男トークショー&サイン会、後編です。

 後半戦は、参加者からの、質問コーナー。



質問A)メカニックデザイナーになってなかったら、何になってましたか?

大河原「流れ流れて(メカデザイナーに)なったんでねぇ。奥さんの実家の近くの国立にタツノコがあったから、入ったし、(美術の)中村光毅(みつき)さんが言われて『ガッチャマン』のメカを担当しただけで、また背景描きに戻る予定なのに、そのまま中村さんの意向でそばにいられただけなんです」

質問B)ご自身がデザインした中で、実現させたいメカは、なんですか?

大河原「東日本大震災を経験してから特に思うんですけど、震災救助の、重機ロボットですね。あとは私の年齢もありますが、家庭内のロボットとかですか」

質問C)やりやすい玩具メーカー、やりにくいメーカーってありますか?

大河原「ダグラム(『太陽の牙ダグラム』1981年)や、ボトムズ(『装甲騎兵ボトムズ』1983年)のデザインをやる際、頭部のデザインがカッコ悪い、オモチャが売れないってスポンサーのタカラ(現タカラトミー)に評判悪かったんですけど、サンライズの創業者の一人がタカラの方で、その人が説得して下さって、デザインを通して下さったんです。なので、タカラさんです。やにりくいメーカーは・・・言えません(笑)」

質問D)本(『メカニックデザイナーの仕事論 ヤッターマン、ガンダムを描いた職人』)の巻頭で、自身のデザイン、自選トップ10の中に、昭和シリーズではなく、平成版のヤッターペリカンとヤッターゼロが入ってる理由をお聞かせ下さい。

大河原「『ヤッターマン』は、完全な新作かと思ったら、同じことをやると。それで、昔のデザインから劇的に変えないでってことで、ペリカンには羽根をつけたりそういうところかな。『ヤッターマン』は、昔も今も、クレームは来たことないですね。平成版も、ワダアッコー(和田アキコ似のドロンボー・メカ)とか、思い切ったメカやったんですけど、読売テレビが間に入ってくれて、良かった。こういう作品は、みんなが見て、ニヤニヤしてくれれば、それで良いんです(笑)」

質問E)一番忙しかった時の仕事量は?

大河原「『ガンダム』、『ゼンダマン』、『ザ☆ウルトラマン』やってた頃が、一番忙しかったですね(共に1979年頃)。32歳くらい。10時くらいから18時まで仕事して。そこから22時まで酒呑んで。そこから3時くらいまで仕事。若いから出来たんですね」

質問F)実写作品のメカデザインはされないんですか?

大河原「ないですね。メジャーなの、やりたいんですけどね。そういうのは、河森正治に集中してる(笑)。まぁ60歳までは、アニメのメカデザインにこだわってやりたかったです」

質問G)『レイズナー』(『蒼き流星SPTレイズナー』1985年)のファンですが、制作の思い出話などお聞かせ下さい。

大河原「レイズナーは、紫外線で色が変わるプラ素材を試したいっていうバンダイさんの意向が先にあって、立ち上がった作品なんです。だから、ああいう頭部のキャノピーが大きなデザインになりました。私は商品の見栄えを考えて頭部を大きくデザインしたんですけど、アニメーターさんは、頭部を大きく描くのはカッコ悪くなるから、嫌がるんですよね。それで、現場との軋轢で苦労しました。キャノピーのプラ素材も、上手く色が変わらなかったですしね。ちなみに『ドラグナー』(『機甲戦記ドラグナー』1987年)とかも、東芝製の多色射出成形機をバンダイが使いたいということで企画された作品で、足の部分に(赤や青の)ラインを入れたデザインにしてます」

質問H)若いデザイナーで、有望だと思う人は?

大河原「若い人と交流ないから、名前分からないんだけど、石垣純哉かな(1967年〜/『新機動戦記ガンダムW』、『機動戦士ガンダムAGE』、『マクロスF』等)。でも彼にしたって、48歳?若手じゃないよね(苦笑)」

質問I )メカデザインされる場合、実用性と見栄え、割合はどうされますか?

大河原「アニメの場合、実用的なものなら、改めてデザインする必要はないんでね。例えばザクにしても、外に出た動力チューブなんてのは、実用的なことを考えれば、弱点をさらしてるもんですけど、あれで作品の世界観を表現しているんですね。ネジ一本までも、その作品世界を表現するのが、メカデザインだと思っています。そしてやっぱり、見てくれるお子様達の脳裏に残るようなデザインにしたいです」


 ここで質問コーナーは、終了。拍手で、大河原さんをお見送り。

 間を置かず、会場の外のロビーで、サイン会が行われる模様。

 ぞろぞろと参加者が出ていくので、私も続きます。整理券番号順じゃなく、並んだ順番みたいです。

 サインの様子を遠巻きに見ていたら、対象書籍の『メカニックデザイナーの仕事論 ヤッターマン、ガンダムを描いた職人』だけって聞いていたのに、それ以外もう一点大丈夫ってことになっていた。なんだよー。

 当日会場で、『大河原邦男Walker』(KADOKAWA)が売りに出ていたので、店員に、これを買ったらサインもらえますかって聞いたら、もらえませんって言ってのに。対応がチグハグ。

 今思えば、尋ね方が悪かったのかな。対象書籍の他に、『大河原邦男Walker』にもサインもらえますかって聞けば、良かったのかな。

 サイン色紙持ってきてるファンもいますしね。

 私は対象書籍の他に、当日各席に置かれていた『大河原邦男展』のチラシにサインを頂くことにしました。

 20分くらい待って、やっとサインを頂けました−。

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↑大河原さんのサイン。

 おそらく一生に一回だからなぁ、大河原さんにサイン頂けるチャンス。返す返す、『大河原邦男Walker』買っておけばよかったと思った私でした。

 トークは、食うためにやって来たという大河原さんの、ざっくばらんと言うか、芸術じゃなく、職人的な職業感が炸裂する内容でした。

 でもそこには、子供を楽しませたいという、彼なりの倫理観が感じられて、同世代の大人よりも考えが凝りかたまっておらず、未だに心が若いんだなって嬉しくなります。

 大河原さん、楽しいお話、ありがとうございました!


※2008年版『ヤッターマン』から、ワダアッコーが登場する第8話、「おだいばテレビに潜入だコロン!」のダイジェストです(笑)。

 ちなみに、ゆうこりんならぬ、ゆうこるんも登場(笑)。

ヤッターマン(ワダアッコ編)ダイジェスト


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2015年09月07日

大河原邦男トークショー&サイン会@池袋コミュニティー・カレッジ8F(東京・豊島区)/前編

 『メカニックデザイナーの仕事論 ヤッターマン、ガンダムを描いた職人』(光文社新書)の発売を記念して、池袋コミュニティー・カレッジ8F、コミカレホールにて、大河原邦男さんのトークショー&サイン会が開催され、参加してきました。

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↑『メカニックデザイナーの仕事論 ヤッターマン、ガンダムを描いた職人』。

 開催時間は、19時から。

 イベントが告知されてから、早々にトークショーは、完売。

 会場のコミュニティーカレッジ、コミカレホールは、100名くらいのお客で熱気むんむん。圧倒的に、男性が多いですね。40代くらいがメインですね。私と同世代くらい。ぽちぽち、女性がいます。

 トークショーの聞き手は、本の編集担当・井上氏。

 井上さんは、大河原さんと同じ、東京造形大学出身と紹介されました。

 以下、私が当日手書きメモした内容から、トークショーの内容を再現したものです。独断で、カットした内容もあります。

 1時間のトークは、前半30分はトーク。後半30分は、大河原さんの強い希望で、会場からの質問コーナーになりました。

 まずは、トーク。

 お互いが同じ、東京造形大学ということで、そこから話はスタート。

大河原「私は造形大の一期生。本当は多摩美に行こうと思っていたんですが、造型大が出来るという話を父から聞かされ、一期生になるのは滅多にないし、先輩もいないからのびのびやれるかな、と。

 専攻は、グラフィックデザイン。東京オリンピック(1964年)の亀倉雄策さんのポスターに影響されたのかも。ただ、横尾忠則さんが出始めた頃で、彼のデザインを見てとても勝てないと思って、テキスタイル科に変えました。学校嫌いだったから、小まめに通って、4年で出ましたね。学校行かないと、染め物とか、反物作る道具とか器械ないしね。

 大学4年の頃、教授に推薦してもらって、オンワード樫山に入りました。最初は、新宿の伊勢丹の紳士服コーナーに立たされて接客させられて。伊勢丹は規律が厳しくて、すぐ池袋西武に変えてもらいました。西武は、ゆるかったです(笑)。ただ、仕事が面白くなかったので辞めました。面白くないことは続けない主義なので(笑)。
 
 次に、ベビー用品の営業に転職して、そこで今の女房と知り合いました。そこは、仕事は面白かったです。でも、一生やる仕事じゃないなと思って、辞めてしまって。ただもう結婚したので、仕事しなきゃならない。それで、たまたま奥さんの実家の近くにあったのが、タツノコプロだったので、タツノコプロに入ったのです

 タツノコの給料は、安い(苦笑)。オンワードの給料半分以下かな。アニメ界は今もそうですが、ギャラが安いんです。だから、数をこなさないといけない。

 それで入社3年目からは、非常勤にしてもらいました。非常勤ってとこがミソ。隠れて、自宅で他社の仕事して、稼ぎまくる(笑)。ここから収入がドーンと増えるので、奥さんがビックリする(笑)。私以外でも、後にファイナルファンタジーで世界的に有名になった、某さんとかも、同じ手を使ってましたしね(笑)。

 入社してたての頃、アニメは素人。最初は、『科学忍者隊ガッチャマン』(1972年)のデザインをやったんですけど、線をいっぱい引いたメカとか描いてしまって。

 入社直後、タツノコの『決断』という戦記アニメを観て、リアルなデッサン調だったから、その調子で描いてしまったんですね。素人の失敗です。後で、スタッフに睨まれてしまって。今はメカはCGで動かしますけど、手描きの時代は、線を一本増やすだけで、描く手間が増えて、大変ですから。線をたくさん入れて良いって言われたのは、『F91』(映画『機動戦士ガンダムF91』/1991年)の時だけでしたね

 『(機動戦士)ガンダム』(1979年)は、ジオン軍のモビルスーツは、私におまかせという感じでしたけど、ガンダムとかガンキャノン、ガンタンクはオモチャになるので、違います。ガンタンクは、腹部のコアファイターを軸にして、上半身にガンダムの上半身を合体させる予定で、クローバー(番組スポンサーの玩具メーカー)の社長さんにプレゼンしました。劇中では、やりませんでしたけど(笑)。クローバーは、『ザンボット』(『無敵超人ザンボット3』1977年)、『ダイターン』(『無敵鋼人ダイターン3』/1978年)と合金玩具で儲かっていたので、『ガンダム』は(ストーリーでやりたいことは)何でも出来ましたね。で、『ガンダム』でコケちゃったんですけど(苦笑)。

 それで、プラモデルをやったら儲かるんじゃないかって、手を挙げたのが、バンダイさんなんですね。それが今に続くガンダム・プラモ、ガンプラです。

 『ダイターン』の時から、朴の木(ホオノキ)で、モックアップ(検討用の模型)を作って、スポンサー会議でプレゼンしてました。玩具にはSTマークという商品安全の規格基準があって、尖った部分が割れたりしちゃいけないから、そういうのをクリアするようなオモチャを作るには、実際にモックアップ作らないと分からないんです。デザイナーでは、模型作ってプレゼンしてたの、私くらいかな。あとは、『マクロス』の河森正治(1960年〜/メカデザイナー・アニメ監督)が、レゴでやっていたくらいですね」


 ここでトークショーは時間切れ。続いて、質問タイムです。

ー後編に続く。

※『科学忍者隊ガッチャマン』(1972年)からOP、子門真人「ガッチャマンの歌」。ED、コロムビアゆりかご会「倒せ! ギャラクター」。

 著作によれば、大河原さんのアニメ初仕事は、『ガッチャマン』のメカではなく、番組のタイトルロゴだったそうです。

ガッチャマン(Gatchaman)OP ED


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posted by 諸星ノア at 23:38| アニメ・声優など

2015年09月04日

大河原邦男展@上野の森美術館(東京)

 上野の森美術館で開催している「大河原邦男展」に行ってきました。

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↑「大河原邦男展」看板。

 大河原邦男さん(1947年生/現在67歳)は、ガンダムや、タイムボカンシリーズのヤッターマンのメカなど、数々のメカを担当された、アニメ作品のメカデザインの第一人者です。

 私は、大河原さんがデザインしたメカが登場したアニメで育ったもんなので、大変楽しめましたね。

 上野の森美術館の壁面には、歴代大河原ロボットの大きさ比較図が描かれていて、絶好の撮影スポットになっております。

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↑大河原ロボットが描かれた壁面。

 大河原さんがタツノコプロに入社して、『ガッチャマン』からキャリアスタート。私もちょうど、そこからずっとリアルタイムで観てきました。

 驚いたのが、タカラ(現タカラトミー)のミクロマンのヘリコプターなどもデザインされていたこと。へー。ミクロマンのおもちゃ、随分買ってもらったなぁ。

 『ゴーダム』、『メカンダーロボ』、『ギンガイザー』、『マシーン飛龍』、『ボルテスV』、『ザンボット3』、『ダイターン3』、『ガンダム』、『ザ☆ウルトラマン』、『ヤッターマン』・・・。

 みんな観てました。懐かしい。

 メカの設定画以外にも、カラーイラストも大迫力。

 ポスターカラーで描かれているんですけど、ありふれた画材でも、画力があれば、これだけの絵が描けるんですね。

 有名なガンダムの「ラストシューティング」場面だって、ポスターカラーですしね。

 ただ大河原さん自身は、インタビューなどで、絵は上手くないし、描くのは好きじゃないと言ってましたけど(苦笑)。

 80年代以降のアニメとなると、『レイズナー』や『ドラグナー』とか、所々見なくなる作品が出てきて。

 90年代以降、『ガオガイガー』や『アイアンリーガー』となると、見てないんですけど、色んな年代で、楽しめるんじゃないでしょうか。

 90年代以降展示、『ガンダムF91』の設定画見て、クスッて思ったのが、安彦良和が大河原さんへの伝言メモが端っこに書いてあって、それが関係者への悪口だったから(笑)。

 撮影フリーコーナーでは、変形可能なロボットとしてデザインした車、「EXM-002-00」の展示がありました。早速、撮影。

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↑EXM-002-00。

 それと今回のために描き下ろされた、大河原さん自選のロボット達の、イラスト。ファンへの感謝を込めて描いた作品とかで、図録の表紙にも使われてます。横長なので、撮影するのが、大変(苦笑)。

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↑描き下ろしおロボットイラスト。

 物販コーナーは、恒例の図録は、ゲット。資料価値ありますので。

 プラモデルは、実はここ限定のダグラムがあったんですけど、完売だったので、残念でした。

 後は話のタネに、「オオカワラ クニオカレー 中辛」を買ってみました。700円だったかな。

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↑左から図録、オオガワラクニオ・カレー。

 大河原さんのメカデザインで育った世代ですから、興味深く拝見出来、内容の濃い、良い展覧会でした。


※大河原邦男さんが関わったアニメとしては、初期の作品。『合身戦隊メカンダーロボ』(1977年/和光プロ)から、OP「トライアタック! メカンダーロボ」です。

 歌は、水木一郎&コロムビアゆりかご会。

 当時、リアルタイムで観てました。東京12チャンネル(現テレビ東京)放映なので、全国的な知名度は低いかな。

 両腕の前腕が回転してミサイルポッドになったり、両腕の前腕の外側についた丸い盾を内側に返し、盾についてるトゲトゲで、敵ロボットの頭部を挟みつけて粉々にするとか、鬼畜な戦法が印象的(笑)。

合身戦隊メカンダーロボ


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posted by 諸星ノア at 18:55| アニメ・声優など